9/11sun
ちょっと前に感じたこと。
自分で感じていて驚いたことだけど
僕自身は「戦後」という時代の括りの中で生きてきた。
これは理屈は良く分からないが体感としてそうなのだ。
バブルやら高度経済成長やらなんやらあったが
これも「戦後」という括りの中でのことと感じていた。
東北の震災、原発事故でこれがひっくり返った。
津波の後の映像がまるで戦争の後のように見えた
から、絶対安全と謳われていた原発の事故により
国民総被曝時代に突入したから。
いずれにせよそうした考えの範疇からはみでた
あまりに大きな事態がそう思わせた。さらに
この事態に向けた国の対応、それに伴う
大企業やマスコミの動向はこれまで少なくとも
これだけは・・と信じていた(信じたいと思ってきた)
部分をやすやすと裏切っていった。
もちろんソコには僕自身の甘さがあってのことだ。
戦中教育を受けた人々が戦後に思考をシフトした
時ってどんな感じだったんだろうか。と
時々ぼんやりと考えたことがあった。
確かに民主主義や法治国家を謳い戦後は
戦中の意識を変えてきた。お国のために
玉砕などという人は今はなかなか見当たらない。
だけど実のところはなーんも変わっていなかった。
秩序、統制、国益のもとに狡猾に国民は操られ
マスメディアがその後押しをする。
マスメディアと大企業と政府・官僚は癒着の下に
自らの権益を堅持し、その為なら国民にもウソを
つく。
なんもかわっとらんがな。
僕らは「戦後」という括りを体感していたのだが
実は今回の件から実は何も変わってないということに
気が付いた。
確かにスンゴイ速度で経済復興を成しえたのかも
しれない。豊かになった。GDPだってすごいじゃないか。
だけどあの時国を滅ぼした意識の持ち様、思考という
部分は変わっていなかったのだ。
民主主義とか法治国家とかのクダリも単なる憧憬
だったのだ。
もうムリなのだ。
でっかいものに捲かれていきることは出来ないのだ。
「戦後」は経済の復興はできたが意識の変容は
できなかったのだ。
これから先は国のこと自身のこと各々が
本当に考えて生きる時代なのだ。
口で言うのは簡単だけど・・。
少なくとも
じゃっかん話しがずれるかもしれないが
宗教も無い哲学も無い経済のよりどころもない。
楽しいことではないかもしれないけれど
やっぱりこの国で
自殺する人達を僕は否定できないと思う。




コメント
よく言われるように自殺人口年間3万人に達して久しい。
これだけ自国民がなくなるのって戦時下と変わらないそうです。
本当のところで壊れているわ。
マスコミはあまりにあほらしすぎて「マスゴミ」と一部では呼ばわれる始末。
でもそれも商売紙であるからには、
資本主義の原則どおり、うちら小市民が望んでいることを書いているという絶望的な現実。
本当逃亡者になっても屋根に登れないよ。被爆するし。
投稿: 蝦夷 | 2011年9月12日 (月) 午後 10時58分